片山法律会計事務所 弁護士 菊地正登
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 近年のインフレ・円安傾向により値上げによる調達コストの上昇に悩まされている経営者の方は多いと思います。

 

 仕入れ価格が上昇しているのに,客先への販売価格をなかなか値上げできずに価格転嫁が進まず利益率が減少してしまう悩みを多くの経営者の方からお聞きします。

 

 このような価格の問題は独占禁止法や下請法などが関係する場合もありますが,基本的には経営課題ですので,直接法律問題というわけではない場合が多いと思います。

 

 もっとも,多くの中小企業の顧問弁護士を務めているが関係から,値上げ交渉をスムーズに進めるためのポイントが見えてくることがあります。

 

 以下で値上げ交渉のポイントについて解説してみたいと思います。

 

1. 客先との関係性

 

 値上げはあくまで数字の問題ですので論理的に値上げの必要性を説明すれば,相手は受け入れてくれると思うかもしれません。

 

 ただ,背後には常に人がいます。特に中小企業の取引ですと,担当者同士の人間関係が強く,単に数字やデータを見せて説明しても簡単には首を立てに振らないでしょう。

 

 それよりも「これまで無理を聞いてくれていた」「客先の要望を丁寧に聞いて結局は叶わなくとも上長に説明して努力してくれていた」「よく一緒に飲みに行っていた」などの数字とは関係のない人間関係が強固であれば,最終的にそれを理由に動いてくれるということがよくあります。

 

 これは一朝一夕で得られるものではないので,あまり役に立たないかもしれませんが,私の顧問先企業から逆に値上げを受け入れた理由を聴取すると「最後は人間関係ですね」と答えられることが多いので,事実として知っておくとよいと思います。

 

 日頃から相手の要望をなるべく丁寧に聞き取り,それを叶えるように努力しているという姿勢があとで自分の身を助けるということになるのだと思います。

 

2. 商品やサービスに代替性がない

 

 当然といえば当然の話しですが,自社の商品やサービスに代替性がなく,客先が自社から仕入れるしかないという状態があれば,価格交渉に有利です。

 

 提供している商品・サービスそのものに独自性があり代替性がないということであればわかりやすいですが,そのような場合はむしろ少ないと思います。 

 

 代替性のというのは,必ずしも商品・サービスそのものの優位性が高く代替性がないということだけを意味するものではありません。

 

 先に述べた人間関係と絡むような要素も重要です。

 

 例えば,商品・サービスの周辺部分に関わる客先の細かいニーズを聞いてあげることができるだとか,レスポンスのスピードだとか,緊急の納期変更にも対応できる体制があるだとか,そういうことも非代替性へと繋がります。

 

 このような他社にはない優位性があれば,客先としては,値上げ要求を拒否して他社へ移行した場合のストレス・デメリットを考えることになるので,値上げ交渉が進めやすくなるでしょう。

 

3. 他のベネフィットの提示

 

 上記の非代替性のところで述べたことと重なる面もありますが,値上げする代わりに何か客先の便益になることを提案するというのも値上げ交渉を有利にさせます。

 

 例えば,専任の担当者を置くようにする,不良品の返品条件をよくする,納期対応を柔軟にする,客先が省略したいと思っている手続きを省略できるように対応する,自社の持つノウハウで客先でも使えるものがあれば提供し客先のコストや時間をカットできるようにするなどです。

 

 代替便益の提示が自社の過度な負担になるようでしたら意味がないですが,現状の体制で対応可能なものがあるのであれば,検討し提案してみるとよいと思います。

 

4.トップが直接交渉する

 

 中小企業では担当者同士の人間関係が密であり重要と先に述べましたが,そうだとしてもやはり決裁権のない担当者同士の関係がいくら良好でも,値上げ交渉に決定打にはならないでしょう。

 

 もちろん,担当者同士の関係性が密であれば,上長への説明も丁寧にしてくれるでしょうし,やはり担当者同士の人間関係は非常に重要ですが,それだけでうまくいかないときの対処も必要です。

 

 そうしたときに,担当者同士の良好な関係を土台にして,最後は経営トップが直接交渉するということをすると,こちらの真剣度や切実さが伝わりますし,それだけ客先を大事にしているという熱意も伝わりうまくいくことがあります。

 

 客先としても,大切にされている姿勢を見せられれば,真摯に検討をせざるを得ないでしょう。

 

 やはり重要なことは部下任せにせず,経営トップが自ら汗を掻くということには一定の意味があると思います。

 

5. 理由を丁寧に説明する

 

 説明の順序が前後しましたが,当然値上げの理由を丁寧に数字を示してプレゼンすることは大前提です。

 

 ノーベル経済学賞を受賞した著名なダニエル・カーネマン教授が行った価格に関する研究をご存知でしょうか。

 

 
 研究の詳細はここでは説明しませんが(ご興味のある方は調べてみてください),この研究結果からは,値上げに理由がありその理由が妥当であれば,顧客は値上げを受け入れてくれると推察できます。
 
 
 そのため,なぜ値上げが必要なのかの説明を尽くすことは値上げを受け入れてもらうためのプロセスとして大切であるといえます。

 

 ただ,いくら資料を充実させて客観的なデータをもって客先に値上げの必要性を説明してもそれだけでは受け入れられないことも多いでしょう。

 

 これは必要条件であるが十分条件ではないとご理解ください。

 

 これよりも上記1-4の要素のほうが重要だと思います。

 

 なお,客先に値上げの理由を説明する際には,自社が値上げを受け入れた経験があればそれを活かすということも大切です。

 

 仕入先から値上げを依頼されそれを受け入れた経験があれば,そのときどのような材料に納得させられたかを考えて,それを客先にも使うのです。

 

 もちろん,自社が値上げを受け入れた最終的な決め手は人間関係だったということもあるでしょう。

 

 人間は論理で説得され感情で動くものだからです。

 

 ただ,その論理の部分で納得したところがあったのであれば,それを客先にも説明します。

 

 なお,客先との間で値上げ交渉をしないうちに,仕入先からの値上げ要求に応じてしまうと,自社の利益が圧迫されるので,仕入先から値上げ要求があるかについては常日頃情報収集しなければならないことは言うまでもありません。

 

6.まとめ

 

 以上見てきた要素は必ずしも今からすぐに使えるという内容ばかりではないですが,やみくもに交渉したり,ただお願いしたり,値上げの必要性の説明に終始したりするよりは改善すると思います。

 

 いずれも顧問弁護士として現場を見てきた経験から得た知見ですので,少しでもお役に立てれば幸いです。

 

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